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艦と命名されて波百一型潜水艦の8番艦に定められ、本籍を呉鎮守府と仮定。11月28日、艤装員事務所を川崎神戸造船所内に設置し事務を開始。12月28日、進水。進水後の艤装は川崎重工業本社艦船工場で行う。 1945年5月6日竣工し、艤装員事務所を撤去。本籍を呉鎮守府に、役務を呉鎮守府練習兼警備潜水艦にそ
1912年(明治45年)7月18日 進水 1912年(大正元年)9月30日 竣工。潜水艇に類別。艦名は第十三潜水艇 1916年(大正5年)8月4日 二等潜水艇に類別 1919年(大正8年)4月1日 三等潜水艦に類別、艦名を第十三潜水艦に改称 1923年(大正12年)6月15日 波号第六潜水艦に改称 1929年(昭和4年)12月1日
波号第三潜水艦(はごうだいさんせんすいかん)は、日本海軍の潜水艦。波三型潜水艦(C2型)の1番艦。 1910年(明治43年)8月1日、呉海軍工廠で起工。船体と兵器は国産で、イギリスから機関、潜望鏡、ジャイロコンパスを輸入して建造された。1911年(明治44年)3月4日進水。同年8月21日竣工。第十潜
波号第十潜水艦(はごうだいじゅうせんすいかん、旧字体:波號第十潜水艦)は、日本海軍の潜水艦。波九型潜水艦(S型)の2番艦。 1913年(大正2年)11月20日、フランスのシュナイダー社で起工。1914年(大正3年)4月7日進水。1915年(大正4年)3月19日、第十
波号第二百八潜水艦(はごうだいにひゃくはちせんすいかん)は、日本海軍の潜水艦。波二百一型潜水艦の8番艦。太平洋戦争末期に竣工したが外海に出撃することなく、戦後に海没処分された。 マル戦計画の潜水艦小、第4911号艦型の8番艦、仮称艦名第4918号艦として計画。 1945年5月1日、波号第二百八潜水艦と命名されて
全火器で水平射撃を開始した。伊号潜水艦の上部構造物は吹き飛び、気泡を噴出した。ストックトンは片舷用爆雷投射機3基で攻撃した。伊8は30分以上もローリング・ピッチングしながら集中砲火を浴びた。船体は命中弾を受けて穴があき、全甲
7月2日進水し、波号第二百十八潜水艦と命名されて波二百一型潜水艦の18番艦に定められ、本籍を佐世保鎮守府に定められる。7日、艤装員事務所を佐世保海軍工廠内に設置し事務を開始。 終戦時未成。8月17日、工事中止が発令され工程90%で工事中止。のち悪天候のため浸水し、佐世保港内で着底した。 1946年10月から12月にかけて、佐世保船舶工業で解体された。
波号第百四潜水艦(はごうだいひゃくよんせんすいかん)は、日本海軍の潜水艦。波百一型潜水艦の4番艦。太平洋戦争を生き延び、戦後海没処分された。 マル戦計画の輸送潜水艦小型、第4601号艦型の4番艦、仮称艦名第4604号艦として計画。1944年7月1日、三菱重工業神戸造船所で建造番号749番船として仮称