语言
没有数据
通知
无通知
若宮前(わかみやまえ) 七畝割(ななせわり) 戸崎(とさき) 二(ふた)ツ橋(ばし) 上角田(かみすみだ) 板海道(いたかいど) 茶(ちゃ)ノ木島(きしま) 高道(たかみち) 郷前(ごうまえ) 居屋敷(いやしき) 東出(ひがしで) 後(うし)ロ 上平池裏(かみひらいけうら) 下平池裏(しもひらいけうら) 下角田(しもすみた)
当地が野田町の北部にあたることから、「上野田」と通称されていたことによる。 1981年(昭和56年)9月6日 - 中村区岩塚町字銭亀の一部により、同区野上町として成立。 1984年(昭和59年)11月3日 - 中村区岩塚町字銭亀および野田町字油田・字上西菰・字経田・字西竪出の各一部を編入する。 2019年(平成31年)2月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである。
覚鳳寺に天満堂(聖天堂)という建物があり、その中にある菅公石の下面に彫られた「井伊掃部守祈願所、近江彦根北野寺現住実堂云々」という文字に由来するとされる。 1878年(明治11年) - 名古屋村の一部により、名古屋区北野町が成立。元は薬師裏町と称していたとされる。 1889年(明治22年)10月1日 - 名古屋市成立により、同市北野町となる。
(2012年6月29日). “平成22年国勢調査 名古屋の町(大字)別・年齢別人口 熱田区” (xls). 2017年10月8日閲覧。 ^ 名古屋市役所総務局企画部統計課統計係 (2017年7月7日). “平成27年国勢調査 名古屋の町(大字)別・年齢別人口” (xls). 2017年10月8日閲覧。 ^ “市立小・中学校の通学区域一覧”
幡野町(はたのちょう)は愛知県名古屋市熱田区及び中川区にある町名。丁番を持たない単独町名である。住居表示実施済み。 名古屋市熱田区の西部、名古屋市中川区の東部に位置し、南に熱田区切戸町、北に中川区八熊、東に熱田区明野町、西に熱田区野立町に接する。 1936年(昭和11年)10月15日 - 南区野立町の一部により、同区幡野町が成立。
いにしえより押切村に属す。かつて村内に3人の穢多が住んでいたが、慶長、元和の頃に清洲より3人、小幡村より1人移住し、その後戸口が増えた。穢多ヶ小路、穢多輪中、細工人町の名称をもつ。屠児の首領を平野小市といい、家の棟に御太鼓所と書いた看板をかかげた。明治初年、平野鉄五郎は零落し、一家を挙げて京都に移住した。 当地に住んだ平野小市に由来する。
日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 中区 > 研屋町 研屋町(とぎやちょう)は、愛知県名古屋市中区の地名。 廃刀令発令により、当町に刀剣商が集まったことによるという。 1871年(明治4年)9月29日 - 杉ノ町筋の一部により、愛知郡研屋町として成立。 1878年(明治11年)12月20日 - 名古屋区成立に伴い、同区研屋町となる。
名古屋市計画局 1992, p. 740. ^ 名古屋市計画局 1992, p. 741. ^ 山田幸太郎 1954, p. 154. 山田幸太郎 著「吉田祿在居住址」、名古屋市文化財調査保存委員会 編『名古屋史蹟名勝紀要』芸術案内社、1954年12月25日、154頁。 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典