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南隅軽便鉄道3形蒸気機関車(なんぐうけいべんてつどう3がたじょうききかんしゃ)は、南隅軽便鉄道(後に大隅鉄道)が使用した蒸気機関車である。後に大隅鉄道の国有化に伴いケ270形となった。 台湾の帝国製糖向けなどに納入実績のあった、川崎造船所としては最初期にあたる、イギリス流の外側台枠を備える飽和式1
残る2については、1925年(大正14年)10月に愛媛鉄道に売却されて、同社の5となっている。こちらも1933年10月1日付けで国有化されているが、どういう訳か両備鉄道1とは異なるケ140形(ケ140)とされている。両機は本来全く同形の機関車であり、国有化に際しても同形式とされるべきであった。廃車は、愛媛線改軌後の1936年である。
大隅鉄道4形蒸気機関車(おおすみてつどう4がたじょうききかんしゃ)は、大隅鉄道が使用した蒸気機関車である。後に大隅鉄道の国有化に伴いケ280形となった。 1921年の高山 - 串良間開業に伴う需要増で同年12月に4(製番46)を、1923年の古江 - 高須間開業に伴う需要増で1924年10月に5(
0-6-0(6)の2気筒単式飽和式タンク機関車である。固定軸距は1,600(800+800)mmで運転整備重量は13トン、出力は90PSである。火の粉止めの金網を内蔵した、ラッパ型の煙突が特徴的であった。計3両が製造されたが、発注は1両ずつである。 最初に導入されたのは、1921年6月製の製造番号
バルブチェスト上面などと合わせ、クラウス社の個性が強く表れた機構部設計であった。 動輪直径は620mm、主動輪は第3動輪で、軸距は第1・第2動軸間が720mm、第2・第3動軸間が780mmと各軸間で違えてあった。 本形式は、駅間距離が長く、また瀬戸内地域の気候的特徴として降雨が少なく、更に近隣に大
10784)、西鮮殖産鉄道→朝鮮鉄道(1923年製10604, 10605, 10631 - 10634)の10両があるが、こちらは火格子面積が大きく、低質炭用であったらしい。軌間1,067mmの機関車では、新潟臨港 1 - 3(後の鉄道省1275形)、阿波電気軌道 8(後の鉄道省ア8形)が同クラスである。
たのは一回り小型な9t級B型機である本形式となっている。 運転整備重量9.14t、軸距1,400mm、出力50PSの車軸配置0-4-0(B)型飽和式単式2気筒サイド・ウェルタンク機で、同時期出荷の岩手軽便鉄道11と基本設計を同じくする。いずれも当時日本に大量に輸入されていたコッペル社製762mm軌間
ヴァルデンブルク鉄道(スイス) G3/3 4形(製番458、1887年製):750 mm軌間、車軸配置C、軸距1800 mm、運転整備重量14.9 t フラウエンフェルト-ヴィル鉄道 G3/3 1-4形(製番461-463, 617、1887年製):1000 mm軌間、車軸配置C、軸距1800 mm、運転整備重量15