语言
没有数据
通知
无通知
国内沿岸の物資輸送に従事する荷船。 主に商船。 商品流通の活発化に伴い中世後期以来発達し, 江戸時代にはいると江戸・大坂の二大中央市場と諸国を結ぶ全国的な航路に就航して経済発展に寄与した。
廻り(定廻り)・臨時廻り・隠密廻りの3つの職掌及びそれを担当した同心のことで、廻り方(まわりかた)とも呼ばれる。 寛文2年(1662年)の10月から翌年3月末にかけて火災防止を目的として与力4名と同心12名を昼廻・夜廻に分けて江戸市中を見回り
(1)諸国をめぐり歩くこと。
廻船から大坂の廻船問屋が樽廻船による輸送をはじめ、東海道本線が全通する明治の中期まで用いられた。 1694年(元禄7年)に不正や海難事故防止のために大坂で二十四組問屋、江戸で十組問屋がそれぞれ結成され、菱垣廻船は両問屋に所属することが義務付けられた。菱垣廻船
⇒ ひがきかいせん(菱垣廻船)
江戸時代に, 大坂・江戸間の幹線航路に就航して大量の日常消費物資を江戸へ輸送した輸送船。 菱垣廻船問屋仲間所属船の目印として, 舷側垣立(カキダツ)の下部に菱組(ヒシクミ)の装飾をつけたことからの名。 積み荷は木綿・綿・油・酒・酢・醤油・砂糖・鰹節・紙・薬種など。 菱垣船。
オモギの上に載るタナ(棚)の4部材と、船首部分のヘイタ(舳板)があるが、オモギ以外は厚板である。厚板は接ぎ合わせると船体が曲線になるようあらかじめ紡錘状に木取してあり、接合には縫い釘を用いる。接ぎ合わせ面には、和船に一般的な木殺しを行わないのも丸子船の特徴で、替わりに組み上げた後に接合部にマキナワを詰め込み水密を確保する。
「三島丸」、「安芸丸」および「阿波丸」は、世界情勢の影響で大いに流転を重ねることとなる。この3隻は「三池丸」から1年遅れで建造が開始されたが、「安芸丸」は、建造船台となっていた三菱長崎造船所第三船台が日本海軍指定となって昭和16年11月に建造中止となり、解体処分となった。「三島丸」は豪州航路向けに変更の上、「安芸丸」と改名した