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がステンレス製から軽合金製となった。1973年は12両編成運転開始に備えた設備増強に注力したこと、1975年(昭和50年)は前年7月の久里浜地区水害で損傷した車両の復旧工事を優先させたため新製がなかった。増備の過程で、広告枠の増設、先頭部の雨樋形状の変更など、細部の変更が行われた。
ら1991年(平成3年)にかけて施工された。連結器胴受けを復心装置入りに変更、山側のジャンパ栓3本と海側の108芯ジャンパ栓を撤去、連結器本体をNCB-II密着自動連結器からCSD-90に交換した。3両編成では1000形などと同様自動連解装置を設置したが、6両編成では省略され、108芯ジャンパ栓も残
70形偶数車が外され、編成から外されたサハ770形は久里浜工場に留置されたが、車両が痛むため、後に金沢検車区に移動している。1975年5月に727・733編成も3両化され、1975年6月にはずされたサハ770形6両が2両ずつ1000形1013(770 - 798組込)・1021(752 - 760組込)・1009(762
は乗客同士の二次的衝突を防止するため、阪急電鉄の車両で初めて座席端部に大型の袖仕切りと縦方向の手すりが設置されている。側窓は3連窓および2連窓となり、いずれも側扉寄りの窓が開閉可能である。側窓の分割位置は、座席の中間仕切りの中心とそろえているため、各窓の左右寸法は均一にはなっていない。側窓にはUVカ
た。連結面も広幅貫通路を踏襲した。 屋根上通風器は在来車と同じ箱形の押込式通風器を2列に並べているが、パンタグラフは連結面側に設けられた。 710系・810系と比較して大幅な内外装の一新がなく、後年の2000系登場時ほどの強烈な印象を与える車両にはならなかった。
これら2形式についてはいずれの前面にも、屋根中央部に半分埋め込まれた流線型ケーシングに覆われた前照灯が設置され、その左右両側には当時の関西私鉄の一部で多用された押込式通風器が取り付けられ、左右の車体裾部に何故か取り付けられていたアンチクライマー[注 6][./京阪1000型電車_(2代)#cite_note-6
貫通扉下部には車両番号が表記され、その周囲にヘッドマークを装着するステーが設けられている。 2008年度導入車より、妻面窓や側面のビードプレスの廃止、行先表示器のフルカラーLED化、正面行先表示器と運行番号表示器の一体化など仕様が一部変更され、番号も21 - /71 - となった。そのため、16 - 20/66 - 70は当初から欠番となっている。
リニューアル後の本系列は3000形3次車以降との併結運用が多くなることから、モニタ装置の車両情報管理装置(TIOS)化が実施された。TIOSの搭載により、制御伝送機能の集約のほか、編成全体での遅れ込め制御の実現により、乗り心地の向上や省メンテナンス化が図られている。 運転台計器盤はアナログ式の計器類や表示灯を廃し、これらを液晶ディスプレイ