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中川区 > 明徳町 日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 港区 > 明徳町 明徳町(めいとくちょう)は、愛知県名古屋市中川区と港区にある町名。現行行政地名は明徳町1丁目から明徳町4丁目。住居表示未実施。 名古屋市中川区の南部と港区の北部に位置し、東は中川区小碓通、西は港区正徳町、南は港区川間町、北は中川区法蔵町に接する。
大正時代に造られた大正通の名に由来する。 1939年(昭和14年) 6月1日 - 以下の通り、中村区米野町の一部により、同区大正町として成立。 大正町2丁目が、米野町字後口・字東出・字郷前の各一部により成立。 大正町3丁目が、米野町字郷前の一部により成立。 大正町4丁目が、米野町字茶ノ木島・字板海道の各一部により成立。
日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 緑区 > 徳重 徳重(とくしげ)は、愛知県名古屋市緑区の地名。現行行政地名は徳重一丁目から徳重五丁目。住居表示未実施。 名古屋市緑区北東部に位置し、西は乗鞍二〜三丁目、東は鳴海町(字笹塚)、南は鳴海町(字横吹)・横吹町、北は元徳重一丁目、北東は鶴が沢一〜二丁目に接する。
新出来、西に芳野と赤塚町と相生町、南に代官町、北に北区大曽根と接する。 かつて尾張徳川家の屋敷(現在の徳川園)があったことによる。 1931年(昭和6年)8月1日 - 東区大曽根町・新出来町の各一部より、同区徳川町が成立。 1981年(昭和56年)9月13日 - 大曽根町・新出
日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 中区 > 研屋町 研屋町(とぎやちょう)は、愛知県名古屋市中区の地名。 廃刀令発令により、当町に刀剣商が集まったことによるという。 1871年(明治4年)9月29日 - 杉ノ町筋の一部により、愛知郡研屋町として成立。 1878年(明治11年)12月20日 - 名古屋区成立に伴い、同区研屋町となる。
名古屋市計画局 1992, p. 740. ^ 名古屋市計画局 1992, p. 741. ^ 山田幸太郎 1954, p. 154. 山田幸太郎 著「吉田祿在居住址」、名古屋市文化財調査保存委員会 編『名古屋史蹟名勝紀要』芸術案内社、1954年12月25日、154頁。 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典
日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 中村区 > 米屋町 米屋町(こめやちょう)は、愛知県名古屋市中村区の地名。現在の名駅三・四丁目の各一部に相当する。 当地に名古屋米穀取引所が所在したことに由来する。同取引所は1898年(明治31年)に設置され、1927年(昭和2年)に中区米浜町へ移転した。 1901年(明治34年)4月17日
名古屋市 > 港区 > 油屋町 油屋町(あぶらやちょう)は、愛知県名古屋市港区の地名。現行行政地名は油屋町1丁目から油屋町4丁目。住居表示未実施地域。 名古屋市港区中央部に位置する。東は善進町・善進本町、西は高木町、南は善進町、北は当知二丁目・入場二丁目に接する。 当地の地主が油屋を営んでいたことに由来するという。