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懐、宮田、渡り口、上ノ神、水樽、前田、中津串、中通、橋ノ元、大良、愛宕、茶ノ木、通山、奥戸、桃林、水深、山口、馬道、椎貝、筒口、縄立、黒岩、中川原、中島 中甑という地名は江戸時代より見え、薩摩国甑島郷(外城)のうちであった。村高は「三州御治世要覧」では252石余、「旧高旧領取調帳」でも252石余であった。
この項目に含まれる文字「甑」は、オペレーティングシステムやブラウザなどの環境により表示が異なります。 上甑島(かみこしきしま)は、東シナ海の甑島列島北部にある離島。鹿児島県薩摩川内市に属する。かつては上甑島南部と中甑島を合わせてひとつの自治体だったため、ここでは中甑島(なかこしきしま)についても記述する。「甑
茅牟田、大床、小浜、白木ノ元、小平、大山、河内、三吉開、大平、新川、塩巻、滝ノ下、平道、山ノ中、桂廻、村池田、泊、礒道、人附林、西俣、池田ノ上、小茅、大迫 京都大学の甑島学術調査団の団長であった京都大学教授の藤岡謙二郎が1964年(昭和39年)に編纂した「離島の人文地理」
年にして、その功竣る、港口横十歩、深さ一丈三尺、港周廻十町四十歩、港内の深さ五丈餘、舟船の出入自在にして、風濤の患を免る、隆近が功勞永世に及ぶ、此港人煙頗る繁庶なり —三国名勝図会第三〇巻 1889年(明治22年)に町村制が施行されたのに伴い、上甑島及び中甑島の全域にあたる中甑村、中野村、江石村、平
、倉谷、木ノ口、尾崎、梶原、垣内、小段、古田、橋ノ上、薬師田、池平、鳥越、奥渡、永畠、中町、古門、橋ノ元、竹ノ元、平尾、村ノ上、石田、(穴かんむりに隹と鳥)田 旧上甑村の区域で最も早くに人が住み着いた場所であると言われており、垣内は中世に開墾された開墾地とされる。
甑島郡甑島郡小島村、甑島郡上甑村大字小島、薩摩郡上甑村大字小島。郵便番号は896-1204。人口は120人、世帯数は70世帯(2020年10月1日現在)。「上甑村郷土誌」によると1977年(昭和52年)時点での面積は2.72平方キロメートル。 薩摩半島の西部に浮かぶ甑
国土地理院地図(抄)。陸繋した浜辺や海礁上の小岩、無名の岩を除く。 唐船ガトモ - 岩の形が唐船の船尾に似ていることから名づけられた。 チキリ - 瀬の形が竿秤の重りに似ていることから名づけられた。 『角川日本地名大辞典』によると上甑町桑之浦の小字は以下のとおりである。
の堂あり、聖觀音を安置す、因て観音瀑ともいふ、左右に岡阜あり、林木翠を交へ、風光佳勝なり、海中船を浮て眺望するに、上二層の瀑布、山翠の中に彩を分ち、景状更に妙絶なり、源俊頼歌に、山姫の嶺の梢に引かけて晒せる布やたきのしら浪、と詠せしは、此瀑の景勝に愜へり、 —三国名勝図会第三十巻